妙心寺について

當山は昭和三十二年に、松法院日泉上人が開創されたお寺です。

日泉上人は幼少の頃、殆どものが見えない状態でした。

母サトは、そのことを我が過失であるかのごとく思い各地の医者を尋ね治療を受けさせるのですが、その効果を得る事ができませんでした。

しかしサトは諦めることなく、日蓮大聖人へその救いを求められました。

その強盛なる信仰が、きっと日蓮大聖人へ通じたのでしょう。

日泉上人はものが見えるようになるという、霊験を頂いたのです。

その霊験を深く感じた日泉上人は、信仰を深められていき、遂に三十二歳で出家、爾来大本山法華経寺に於て修業をかさねられました。

その修業は貫首宇都宮日網猊下の認めるところとなり、北海道の地に更なる法華経の教えを弘める事を託され、後に札幌市指定有形文化財となった日蓮大聖人尊像を賜ったのであります。

その日蓮大聖人尊像のもと、不惜身命の決意を持って、広宣流布に精進し昭和二十八年函館妙心寺を開創、そして昭和三十二年に當山札幌妙心寺を開創し更には昭和三十三年には室蘭妙心寺を開創されました。

昭和四十七年その功が認められ、鎌倉時代日蓮大聖人が最初に開かれたお寺であり、日蓮宗大荒行堂のある大本山法華経寺北海道別院の允許を授け、今 法華経の道場として広くお参りを頂いております。

松法院日泉上人

札幌市指定有形文化財

縁起

この日蓮大聖人尊像は寛文六年(西暦1666年)高祖日住正人が自ら四十二才の厄を払うために造立されたものです。高さ八十七㎝最大幅(両袖先まで)九十四㎝同奥行最大幅六十五・五㎝とそのお姿が大きく胎内には法華経二十八品から特にお選びになられた経文と共に豊かな銘文が書き綴られております。

昭和五十五年東京大学講師文学博士久野健氏をはじめ立正大学教授文学博士中尾堯氏及び女子美術大学教授斉藤経生氏など斯界の権威ある方々の綿密な調査が行われ数多く残る日蓮大聖人の尊像の中でもそのお姿が大きくかつその制作においても秀れている点、胎内に記されている銘文によって製作年代が確認される点、又、厄除けのため造立されその記録としても極めて古いもので他に数例をみられない点等に於いて日蓮大聖人尊像佳作の一つとして非常に貴重な尊像であることが明らかとなり昭和五十六年七月二十一日札幌市指定有形文化財に認定されました。

木造日蓮聖人坐像

木造日蓮聖人坐像

胎内に帰された銘文

胎内に帰された
銘文

施設案内

開山堂

開山堂

鬼子母神

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大黒天神

大黒天神

水子供養堂

水子供養堂

観音像

観音像

納骨堂

納骨堂

納骨堂

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水行堂

水行堂